夢と幸せ
子供の頃の夢が叶う人は、20%くらいらしい。
5人に1人。多いのか少ないのかわからないけど、少なくとも多数派ではないということだ。
医者になった人は大体が子供の頃の夢を叶えられたということになるだろう。
(一部には家の都合で嫌々なった人もいるかもしれないし、
医者になった人の中には子供の頃はスポーツ選手になりたかった人もいるかもしれないが)
私の周りには必然的に医者がたくさんいるが、
夢を叶えられたら人は幸せかというとそうでもなさそうである。
結構な割合の同僚が、忙しさや責任の重さに疲弊し、カリカリ、イライラしている。
家族との時間が取れないとぼやく人や、家族に見放されている人、
子供の受験事情で競争している人、
医局で偉くなるために周りを蹴落とすことに必死な人、
不倫に走る人など色々である。
他の職業の人に比べたら経済的に余裕があるはずなのだろうが、
だからと言って余裕のあるおおらかな人ばかりというわけでもない。
忙しすぎて、他のことを考える余裕もないし、
働かないと家族を養えないしで、一心不乱に働かざるを得なくなっている人が多い気がする。
こういう点では普通の会社員とあまり変わらないかもしれない。
むしろ会社員だった父は週末は家で大リーグをゴロゴロしながらみていたし、
夜は上機嫌にお酒を飲んでいたことを考えると、
私の父の方がよほど人生を満喫していそうである。
医局の先輩で1人だけすごく幸せそうな人がいて、
仕事はそこそこに家族との時間を大切にすることに全力を注いでいた。
医療関係者でない知り合いの中で幸せそうな人は大概
趣味が仕事になった人だったり、趣味を大切にしている。
私自身、幸せを感じるのは
金木犀の香りに秋の訪れを感じたり、
ふと今日の空は綺麗だなと思ったり、
今日もご飯は美味しいなと思ったり。
小さいことで十分で、別に人に自慢できるような大それたものがある必要はない。
幸せというのは物事の受け止め方の問題だから
夢を叶えたからといって幸せとも限らないし、
夢が叶わなかったからといって不幸とも限らないんだろう。
むしろ、余裕があることの方が幸せのためには大切なのかもしれない。
医者になって嬉しかったこと
医者のやりがいはやはり、
感謝されることにある。
お金や差し入れなんてもちろんいらないし、
(私ならそれで対応変わるような奴に家族を任せたいと思わない)
面と向かって言われなくてもいいけれど、
医者もやっぱり人間なので、
改まってありがとうと言われたり、お手紙をいただくととても嬉しい。
医者にもよるだろうが、私は過去患者さんからいただいた手紙は大切に保管して自分の机に置いてあり、疲れた時や落ち込んだ時に見返している。
時折、自分の予想を遥かに超えて感謝してくださる方がいて、すごく印象に残っている。
1人は緊急手術をした方で入院中何回も手紙を書いてくださり、
退院後には元気になった写真を送ってくださった。
もうは1人は、残念ながら末期がんがあって亡くなられたので私はほとんど何もできていないのに、
最期までみてもらってありがとうという手紙をいただいた。
お二人に限らず、患者さんやご家族からお手紙をいただくととても温かい気持ちになる。
こんなことがあると、もう少し頑張ってみるかと思う。
人間ていうのは意外と簡単なものだ。
手書きの手紙にはパワーがある。
ほんとに何かを伝えたいときは手書きの手紙がいい。
全ての道は繋がっている
今の仕事が向いていないと思い始めてから早いもので5年以上経つ。
続けていれば慣れてくるだろうとも思っていたし、
給与水準を保つためには資格を取って続けた方が良いとはわかっていたのでなんとか耐えて現在に至る。
そろそろ我慢の限界なのでそのうちやめることになるだろうとは思う。
どうせやめるなら始めなければ良かったのではないか。この数年間はなんだったのか。
と思うこともあるのだが、
よくよく考えれば、向いてないのがわかったのはやってみたからであるし、
今の仕事を続けていたからこその考えや出会いもあったので、
全て時間の無駄であったということはないのだろう。
人生は選択の連続で、
分岐する時があったっていい。
人から見て順風満帆なことに意味などないし、
死ぬ時は1人なのだから。
私の選んだ道はずっと繋がっている。
医者になって幸せか
医者になって早8年ほどが経過した。
医者として働いて、生きていて、自分は幸せなのか。
中高生の頃、医者は人の役に立つ仕事と信じていた。
実際には、もちろん役に立つ時もあるけど、
それ以上に医者のできることなんてちっぽけなものだと思うことが多い。
運命で治ろうとしている人を、後押ししてるような感覚で、
たとえ自分が手術をしなかったら亡くなっていたであろう患者さんでも、自分が救ったとはあまり思えない。
医者は神様でも魔法使いでもないのである。
加えて、現代医療でできることは必ずしも患者の助けになっていないのではないかと思うことも多い。
寝たきり、半身不随、植物状態などになってまで生きていたい高齢者が果たしてどれだけいるのか。
医療として正しいとされていることをした結果、患者と家族の苦しみを増しているのではないか。
(とはいえ医学で正しいとされていることをしないのも倫理的に問題があるのでやらざるを得ない)
そう思う時、医者の仕事がたまらなく辞めたくなる。
人の役に立ちたくてこの仕事に就いたのに、
何をしてるんだろうと。
医者として働いているといろんな人に出会う。
街の人が想像するような病気の人ばかりではなくて、
田舎の山奥で認知症なのに一人暮らしをしてる高齢者とか、
ゴミだらけの家でいつから倒れていたかわからない人とか、
酔っ払って病院で暴れる人とか。
救急搬送された時に家族が駆けつけてくれる人ばかりではないし、
身内が誰も身元保証人になってくれない人もいる。
命が助かったことを喜んでくれる人ばかりでもないし、
病気や自分の体について自分では少しも考えずに医療者に丸投げする人もいる。
こちらの患者の力になりたいという熱量と、
患者や家族の治療に対する意欲に乖離があると、悲しい気持ちになる。
緊急手術や、夜中の対応をした方なら尚更。
せめて、良くなるために一緒に頑張ってもらいたい。
医者をやっていて嬉しいのは感謝された時なのは自明だが、
感謝されると本当に嬉しいし、
外来で元の生活に戻っているのを伺うのもとても嬉しい。
それがなければ続けられない。
だって、良くなってもらうためにこの仕事をしているのだもの。
「先生の顔見たら安心した」は私にとって最上級の褒め言葉で、
医者の仕事の半分くらいは励ますことと、話を聞くことだと思っている。
私は外科医だけど、手術や薬だけではなく、医者の言葉も患者の治療になると思う。
やるせない、苦しいことの方が多いけれど
誠意を持って対応すると伝わることもある。
のは嬉しい部分だ。
あとはそう、
人間いつ死ぬかわからないというのを肌身に感じているのはある意味いいことかもしれない。
やりたいことを先送りにしない方がいいと思えたから。そうは言ってもなかなか難しいけども。
私は医者になって幸せか、
まだよくわからない。
辞めたいと一年の半分は思っているし。
世の中の人の思うような世界じゃないし。
それでも医者として働いているならできることはしよう。
医師の給料のからくり
医者は日本において高給取りな職業であるが、
その中でも診療科による差があるのかに言及するネット記事を時たま見かける。
大概、脳外科産婦人科外科が高いとされていて、世の中の人にはこれらの診療科はエリートなんだ、などと思われているようだ。
しかし、実際にはそんなことはなく、皆さんの勘違いだ。
確かにアメリカでは診療科ごとに年収が全く異なり、脳外科医や心臓血管外科医などは大変高収入(訴訟リスクもべらぼうに高いため1/3程度を保険に使うらしい)だったりするが
日本では医者の給料に影響するのは、役職と年次と時間外労働時間で、普通の会社と一緒だ。
病院ごとに医師の基本給が決まっており、学年が同じであれば内科も外科も同額が給与になる。
結果的に科別給与の差を生むのは時間外労働時間の差であり、給与ランキング上位の診療科はイコール時間外が多いランキング上位ということになる。
現に、脳神経外科、産科、外科ともに緊急が多かったり長時間手術がある診療科であり、
給与が高くなるからくりはここにあると思う。
そのような事情もあり、
大変なのに特別たくさんの給料がもらえるわけでもないこれらの診療科に進もうとする若者は減少傾向にあり、
県によっては外科医1年目が0人などの危機的状況が起こっていて大問題となっている。
ただ渦中にいる身からすると、そらこういうことは起こるだろうなという感じだ。
緊急対応にもっとインセンティブをつけないと、若者はどんどん外科離れしていくだろう。
医者は頭が良い必要があるのか
医学部受験には二つの側面があり、
一つはシンプルに医者になりたい人が医学を修めるために入学するもの。
もう一つが、特に東大理科三類や京大医学部などの日本で最も偏差値の高い大学に、スポーツの全国大会を目指すような感覚で受験するものである。
前者の人にとって1番大切なのは医師免許を取得することにあり、
自分の努力・実力で手の届きそうな大学の医学部に模試や共通テストの結果で出願先を決定することが多く、
箸にも棒にもかからないのに理三や京医を目指そうとはおそらくしない。
後者の人にとっては、偏差値の高い大学であることに意味があるので、
浪人してでも偏差値の高い大学に入ろうとする。
こちらのタイプでは両親その他家族や学校関係者の洗脳によりこれらの偏差値の高い大学に進むことが正義であると思い込まされているという事象もありそうだ。
結果として後者のような人たちが必要以上に医学部受験を過熱させてきたという側面はあるだろう。
もちろん、この二者の要素の片方純度100%という人ばかりではなくて
前者が大きめな人、後者が大きな人、という個人差はあるだろうが。
いずれにせよ医学部に入ろうと思ったら、平均よりは勉強ができないといけない。
特に数学と理科、英語が壊滅していたらなかなか難しい。
これらの科目は基本的には全部が全部丸覚えという科目ではなく、
一定の規則や法則を覚えて所定時間内にそれを問題にうまく適応する能力を試されている。
つまり、大学受験において成績優秀な人というのは暗記力ではなく思考力で戦っている、ということだ。
ところがどっこい、医学部に一度入ってしまうと一部の教養科目を除いて全てが丸暗記科目ばかりである。
一応ちょっとした理屈はあるのだが、結局理屈ごと覚えなければいけない。
物理や数学の公式のように計算すれば導出できるものでもないので、
覚えなければいけない量がえげつない。
考えてみれば仕方がないのだ、骨の名前だの病気の名前だの、治療法だの、
過去の人が見つけたものを共通言語として会話するためにはまず覚えないと話にならない。
言語学習で言ったら単語を覚えている段階である。
だがしかし、教科ごとに何百ページもある教科書丸1冊が試験範囲になったりするのだから、
本当に数学や物理を武器に生きてきた人にはさぞかし辛かろう。
(実際には過去問などで対策するので教科書丸ごとを毎度覚えているわけではないが)
医学部の専門課程のほぼ全てがこんな調子なので、
医学部主席になるような人は、
『決められた期日までに、決められた範囲の知識をアウトプットできる状態に持っていく』能力が高いのであって、必ずしも論理的思考力が高かったり、情報処理能力が高いわけではない。
従って、どちらかというと天才型より勤勉型の人が医学部では優秀になりやすい。
努力ができる人を頭がいい人、と定義するのであれば、
やっぱりこの人は頭がいいということにはなるのだが、
天才型の人を頭がいいと定義するのであればむしろ医学部においては頭がいい人は苦戦する傾向にある。
何が言いたいかって、医学部に入るのにはあんなに意味のわからない微積の問題を解いたのに、医学部で過ごすのに全国トップクラスの物理や数学の問題を解く能力は全く必要とされていない、ということだ。
じゃあ医者になったらどうか。
日々考えていることは結構シンプルである。
外科医なんてその最たるもので、
悪いものがあればとる。取るために切ったから繋ぐ、
詰まってるところは広げる。
三段論法どころか、二段論法だらけである。
最近の医療は基本は全世界でこれは1番良さそうですよとわかっている治療法に続くので、
どこの病院でもやっている治療は大体同じで、
医者の裁量で治療方針が全然違うということはあまりない。
(もちろん、患者さんの状態によって調整はしているが)
現代医学は分野が細分化されていることもあり、世の中の臨床医の多くは自分の担当科の大体毎日同じような仕事をしている。
普通の臨床医をしている限り、
とんでもなく難しい数学や物理の問題を解くのと同じような種類の難しさというか訳のわからなさを感じることは少ないような気がする。(私の数学や物理に対する苦手意識の問題かもしれないが)
少なくとも、私は数学者や物理学者になるのは土台無理だが、普通の臨床医の仕事はなんとかできている。
天才的な頭の良さは普通の臨床医には恐らく不要だ。
実際そもそも医者の多くは天才ではないだろうし。
(医者の中にも研究に重きをおいている人たちも一部いて、
そういう人たちは高い論理的思考力などを存分に発揮できるかもしれない。)
一方、臨床医であり続けるためには勤勉に勉強し続ける必要はあるので、
真面目さや知的好奇心はある程度必要で、これを頭の良さと定義するのであれば
医者は頭が良いということになるかもしれない。
基本的に医者はブルーワーカーで、職人みたいなものなので
コスパなどは考えずに自分の仕事に邁進できる人が向いている気がする。
臨床医として生きていくことを考えた時、頭の良さ(天才的な数学能力、論理的思考力、情報処理能力)は大学受験を通れる程度で恐らくよく
それよりも勤勉さ、精神的なタフさ、人当たりの良さなどの方が重要な気がする。
医者が真に夢のある職業であってほしい
高校の同級生で、高3の時に受験勉強のストレスで学校に来られなくなって、
受験も辞めざるを得なかった人がいた。
数年して、その人が医学部に入学したと聞いた時、
私は初期研修医で、超長時間労働の最中にいた。
元気にしていてくれてよかったとは思えたが、
医者になる決断をしたことにに対して、頑張って勉強して合格したことは喜んであげるべきなんだろうけれど
数年後の未来を考えたら100%の気持ちで喜べない、複雑な心境になった。
世の中にインフルエンサーというものが登場してきて、
医学生youtuberとかtik-tockerも目にするようになった。
私からすれば大学は違えど後輩みたいな感じなので、
医者になることに期待して一生懸命勉強している姿を画面越しに見ると、
頼むから、幸せになってくれ。
間違ってもブラックな病院で病んだり、自殺したりしないでほしい。
と思う。
(一方で、ほとんど医者の大変なところを経験せずして金儲けばかりうまい医者を見るとそれはそれで複雑な気持ちではあるが)
医学部人気が白熱して、それと同時にネットでやっと医学部生活や医師の過酷さが発信されるようになってきた。
親が医療関係者でない一般家庭出身者の18歳が、医学部に入ったら人生がどうなるのか、
具体的に知るためには自発的に情報をとりにいかないといけない。
学校の先生は当然のように医学部に在籍したことはないし、入学後のことはよく知らない。
受動的にしていて医学部のマイナスな情報が入ってくることは多分ない。
医学部に入って絶望したり、医者になって絶望して、なのにサンクコストバイアスで抜け出せなくて。
そういう人が残念ながらそれなりにいるし、さらにドロップアウトしたり自殺してしまった人の噂も耳にする。
周りの大人に応援されて、一生懸命勉強して、人によっては浪人もして、
夢にみた職業の現実が、うつや死への入り口だなんてあんまりだ。
災害医療の大原則として、救護する側の医療者が被災して被救護者にならないこと、
というのがあるのだが、通常の医療でも同じだと思う。
医療者が精神的にも、肉体的にも健康でないと、良い医療を提供することはできないはずだ。
医者は医者である前に1人の人間だ。
ロボットだって酷使すれば壊れるんだから、
人間は尚更だ。
夢を持って医者になる後輩たちには、幸せな人生を歩んでほしい。
お金や地位名声なんかより、自分で幸せだったな、まあまあ面白い人生だったなと思える人生が一番だ。